現状維持を望む台湾市民:統一も独立も望まぬ理由
『フォーリン・アフェアーズ・リポート 2023 No.2』に掲載されている「現状維持を望む台湾市民:統一も独立も望まなぬ理由」。
筆者は台湾の中央研究院政治学研究所・副研究員のネイサン・F・バトー氏。
同氏は次のように述べています。
落ち込む中国との統一
台湾の人たちにとって、中華人民共和国の一部になることは、いまや、かつてなく魅力に欠ける選択肢になっている。よく引用される国立政治大学の追跡調査によると、…(略)…「最終的に中国(現体制とは限らない)との統一に向かうべきだ」と考える人の割合も1996年の20%から5%へと大幅な落ち込みを見せている。(フォーリン・アフェアーズ・リポート 2023 No.2、p. 71)
台湾は既に主権国家
だが、圧倒的多数の台湾人が、北京に統治されることにほぼ関心をもっていなくても、正式な独立宣言を表明したいと考えているわけでもない。…(略)…ほとんどの人にとって、台湾は既に完全な主権国家で、中途半端な状態で存在する自治の島ではない。(同、p. 71)
既成事実をあえて宣言する必要はない
既成事実をあえて正式に宣言して波風を立てる必要はない。北京が猛烈に反発することが事実であることを考えれば、なおさらだろう。…(略)…現状に非現実的な挑戦を挑むよりも、理想と現状との違いは微々たるものである以上、争う価値はないと考えている。(同、p. 71)
現状維持を望む声
国立政治大学の長期世論調査によると、独立への支持は年々上昇しているものの、半分をゆうに超える民衆が現状維持を望んでいる。別の調査では、…(略)…1996年と2020年の選挙後に現状維持派を対象に実施された世論調査は次のように問いかけている。「中国と台湾の政治・経済・社会の状況が似ていたら(例えば、中国が豊かな民主主義国になったら)、統一を支持するか、あるいは北京が報復しないなら、(台湾の)独立宣言を支持するか」。だが、このような理想的な条件であっても、統一に前向きな人は58%から22%へと大きく減少し、独立に前向きな人の割合も57%から54%とあまり変化していない。(同、p. 75)
独立支持派の増大は独立宣言を望んではいない
主要な追跡調査からも、現状維持派の回答からも、現在の台湾で中国との統一を望む人が減少していることは明らかだ。一方で、独立を支持する立場が高止まりしていることについては、独立という言葉の意味が変化していることに留意する必要がある。実際、2020年のある調査では、台湾市民の7割以上が、台湾は既に主権国家だと考えており、中国との関係を正式に断ち切る必要があると考える人はごくわずかだった。つまり、過去数十年間における独立支持派の増大が、独立宣言を望む市民が増加していることを意味するわけではない。(同、p. 75)
台湾を理解できているか(反省を込めて)
ということで、こうした記述を読んでいると、厳しい歴史をくぐり抜けてきた台湾の人びとの「知恵」と「自信」のようなものを感じます。
日頃、台湾をめぐる日本や米国などの報道や主張に触れる機会が多い私などは、台湾問題は極めて深刻な安全保障の問題であるといきり立ってしまいそうになるのですが、この論考を読む限り、台湾のことを何も分かっていなかったと反省させられます。
また、2022年8月、米下院議長のナンシー・ペロシ氏が「台湾へのアメリカの連帯は今日、2300万の台湾の人々だけでなく、中国に抑圧され脅かされている他の何百万もの人々にとっても、これまで以上に重要になっている」(ワシントンポスト2022年8月2日付、Opinion Nancy Pelosi: Why I’m leading a congressional delegation to Taiwan)と述べ、大騒ぎの中で台湾を訪問したことはまだ記憶に新しいと思います。この訪問やその後の中国による台湾周辺での軍事演習を「圧倒的多数の台湾人」はどう受け止めていたのでしょうか。(ペロシ氏の台湾訪問についてはこちらの記事もご覧ください)
追記(2024年7月15日)
上記の論考の最後は次のように締めくくられていました。
蔡はもはや民進党の党首ではないかもしれないが(注:2022年11月26日の統一地方選で民進党が大きく後退したたために蔡英文氏は党首辞任に追い込まれた)、台湾の未来に関する彼女の基本ビジョンに異論を唱える声は、依然として出ていない。
このビジョンには、台湾を国際的な民主主義コミュニティーの一員に位置づけ、軍を増強して他国の軍部との協力関係を強化し、経済の多角化や進歩主義的な社会保障政策を進め、台湾の主権を守っていく数多くの措置が含まれている。
2024年の台湾の総統選挙と立法院選挙で、中国が争点にされるのは間違いない。だが、無謀にも正式な独立を宣言しようと試みて、「現状の擁護者としての優位」を捨てない限り、民進党が依然として有利なのは間違いない。(同、p. 75)
ということで、実際、2024年1月13日に投開票が行われた台湾総統選挙では民進党の頼清徳氏が当選しました。
一方、同日に行われた立法院選挙では、定数113議席のうち、国民党が52議席を獲得して第1党となり、民進党は51議席で単独過半数を獲得できず、民衆党は8議席、無党籍が2議席となりました。
立法院で少数与党となった民進党は、野党側が推進する立法院改革をめぐる法案が混乱の中で可決される(2024年5月28日)など、厳しい議会運営を強いられているようです。