【アメリカ外交】キリスト教福音派のイスラエル観

米国がイスラエルを支持する背景の1つに、アメリカのキリスト教プロテスタントの多数派を成し、内政・外交にも影響力を持つ福音派のイスラエル観がありそうです。

18年も前の論考になりますが、フォーリン・アフェアーズ・リポート(2006年10月号)に掲載されたウォルター・ラッセル・ミード(当時、米外交問題評議会シニア・フェロー)の、

アメリカは神の国か?-キリスト教福音派台頭の政治・外交的意味合い
(原題:God’s Country? By Walter Russell Mead)

より、福音派のイスラエル観に関わる部分を下記に紹介してみたいと思います。

ちなみに、アメリカのキリスト教プロテスタントには原理主義派、リベラル派、福音派の3つの流れがあります。

厳格な伝統を持つのが原理主義派、進歩的で倫理的な伝統を重視するのがリベラル派、そして原理主義派の世界観を共有しつつもより中道的な方向を進むのが福音派であると言えます。

福音派については、近年ではトランプの有力な支持母体としても知られています(こちらの記事も参照してください)。

福音派のイスラエル観

以下、福音派のイスラエル観やユダヤ人についての見方に関する、上記のウォルター・ラッセル・ミードの論考からの抜粋です。

福音派とユダヤ教徒の歴史的な関係

・アメリカのイスラエル路線にも、福音派の影響の高まりがはっきりと見てとれる。福音派とユダヤ教徒との関係は歴史的なものだ。

・アメリカのプロテスタントのシオニズムへのかかわりの歴史は、近代のユダヤ教徒によるシオニズム運動の歴史よりも長い。19世紀、福音派はアメリカ政府に対して、ヨーロッパやオスマン帝国で迫害されているユダヤ人のための避難先を聖地(パレスチナ)につくるように何度も働きかけている。

ユダヤ人は神の存在の証し

・アメリカの福音派の教義は、近代世界におけるユダヤ人の役割について非常にユニークな見方をしている。…(略)…他のキリスト教徒とは違って、福音派は「ユダヤの民は神の計画にしたがってその役割を果たし続けている」とも考えている。

・17~18世紀に聖書の預言を詳細に研究した福音派の研究者と信徒は、キリスト再来の前にユダヤの民は聖地に舞い戻っていると確信するようになった。

・さらに、キリスト再来前の混乱期には多くのユダヤ人がキリストを信奉するようになることが期待されるが、結局、キリストの再来まで、ユダヤ人はキリストを拒絶し続けると福音派は考えている。

・さらに福音派は、ユダヤ人がいまも民族として存続していることを、神の存在と神が歴史をつくる力を持っている証拠とみている。

・旧約聖書の創世記には次のようなくだりがある。「神はアブラハムに言われた。汝を大いなる民族とし、汝を祝福しよう。汝を祝福するものを祝福し、汝を呪うものには呪いを与えよう。……汝を中心に、世界のすべての家族が祝福されんことを」

・福音派にとっては、聖書が示唆するとおり、ユダヤ人が千年の長きにわたって民族として生き延び、彼らが古代の故郷に舞い戻っていることそのものが、神の存在の証しであり、キリスト教が真実であることの証拠なのだ。

イスラエルを祝福することでアメリカは祝福される

・福音派の多くは、創世記にある預言はいまも実現へと向かっており、アブラハムの神は、アメリカがイスラエルを祝福すれば、アメリカは祝福されると教えていると考えている。

・彼らは、アラブ世界が弱く、敗北にまみれ、貧困に苦しんでいるのは、イスラエルを呪う者に神が呪いを与えられていることの証拠だとみる。

・よって、イスラエルに対する批判、イスラエルを支援するアメリカに対する批判に福音派が動じることはない。むしろ、世界がイスラエルを嫌うのは、「堕落した人間は、神と神によって選ばれた人々を遠ざけて憎む」という彼らの確信を強めるだけだ。

・福音派はイスラエルを擁護することで、自分たちが神によって支えられると感じており、この点については、世界を敵に回してもかまわないと考えている。

強化される福音派の確信

・ホロコーストは、出エジプト記のファラオ、エステル記のハマンによる虐殺の試みを想起させるし、戦後にイスラエルというユダヤ国家が樹立されたのも、ヘブル書に出てくるユダヤ人の勝利と解放を思い起こさせる。

・現在、アメリカの外交政策が、大規模テロからの国土防衛を中核に据え、しかも、想定されるテロ攻撃のなかには、イスラエルに対する憎しみに突き動かされ宗教戦争を挑んできている反キリスト教の教条派による、黙示録的な恐怖を想起させる大量破壊兵器の脅威も含まれているとすれば、福音派の確信はますます強化されていくことになる。

リベラル派との違い

・キリスト教リベラル派も、世俗派リベラル同様に、伝統的にシオニズム運動を支持してきたが、それは福音派とは違う立場からだった。ユダヤ人を他の民族同様にみなしていたリベラル派は、他の抑圧下にある民族の解放運動を支持するのと同じ視点で、シオニズムを支持した。

・しかし、この数十年間で、キリスト教リベラル派はしだいに、同じ観点から、パレスチナの民族解放運動にも理解と同情を示すようになった。

政治的・社会的影響力を強める福音派

・陰謀論者、そしてアメリカの世俗派の研究者やジャーナリストは、イスラエルへの共感がアメリカの宗教指導者や知識人の間で廃れてきているのに、なぜワシントンはイスラエル支持を強めているのかという設問への答えとして、ユダヤの陰謀、より婉曲的に言えば、ユダヤロビーの活動を挙げてきた。

・だが、これを説明するよりすぐれた回答は、アメリカの宗教ダイナミクスの変化だろう。福音派が政治的、社会的な影響力を強める一方で、キリスト教リベラル派と世俗派知識人が影響力を失いつつある。そして、これをユダヤ人の陰謀や政治活動のせいにするのは無理がある。

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抜粋は以上です。

古い論考とは言え、バイデン政権や前トランプ政権がイスラエルを支持する背景や、イスラエル・ガザ戦争の下でジャーナリストや知識人、若者たちの間にイスラエルへの非難やパレスチナへの同情が広がっている状況について理解する視点を与えてくれているように思うのですが、いかがでしょうか。

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