タリバンがカブールに侵攻、アフガン政権崩壊
2021年8月15日、タリバンが首都カブールに侵攻し、アフガニスタン政権は事実上崩壊しました。
これに対し、バイデン大統領は16日、ホワイトハウスで演説し、米軍のアフガンからの撤退と20年に及ぶアフガン戦争を自らの政権において終結させることの意義を改めて強調しました。
アフガン政府軍に戦う意志を与えられなかった
バイデン大統領の演説の中で印象に残ったのは、「米国はアフガン政府軍に対し戦う意志を与えられなかった」と述べた次の件です。
So what’s happened? Afghanistan political leaders gave up and fled the country. The Afghan military collapsed, sometimes without trying to fight.
何が起こっているか? アフガニスタンの政治的指導者たちは降伏し国を離れた。アフガン政府軍は時に戦うこともなく崩壊した。
If anything, the developments of the past week reinforced that ending U.S. military involvement in Afghanistan now was the right decision.
いずれにせよ、ここ1週間の展開により、米軍のアフガンへの関与を終わらせることが正しい決定であることが改めて確認された。
American troops cannot and should not be fighting in a war and dying in a war that Afghan forces are not willing to fight for themselves. We spent over a trillion dollars. We trained and equipped an Afghan military force of some 300,000 strong — incredibly well equipped — a force larger in size than the militaries of many of our NATO allies.
アフガン政府軍が自らのために戦おうとしない戦争において、米軍兵士が戦い、命を落とすことはあり得ず、そうすべきでもない。米国は1兆ドルを費やした。米国は、およそ30万人の、強力で非常によく装備された兵士からなるアフガン政府軍を訓練し、装備を整えた。それはNATOの同盟諸国の軍隊よりも規模が大きいのだ。
We gave them every tool they could need. We paid their salaries, provided for the maintenance of their air force — something the Taliban doesn’t have. Taliban does not have an air force. We provided close air support.
米国は、アフガン政府軍が必要とするすべてのものを与えた。彼らの給与を支払い、タリバンが持たない空軍を維持した。米空軍による空からの密接な援護も行った。
We gave them every chance to determine their own future. What we could not provide them was the will to fight for that future.
米国は、アフガン政府軍に対し自らの将来を決めるあらゆる機会を与えた。だが、米国が彼らに与えることができなかったのは、そうした将来のために戦う意志だった。
出典:Remarks by President Biden on Afghanistan AUGUST 16, 2021 East Room THE WHITE HOUSE
アフガン政府軍はなぜ「戦う意志」を持たなかったのか
バイデン大統領は2024年7月8日の演説で、「タリバンによるアフガンの支配は不可避」との見方に対し否定的な見解を示していました。
それからまだ1か月余りしか経っていません。
なぜ、アフガン政府軍の兵士たちは「戦う意志」を持たず、米国と世界が驚くほどあっけなくタリバンの侵攻を許したのでしょうか。
その背景の一端を知るには、POLITICOに掲載されたアナトール・リーブンの「Why Afghan Forces So Quickly Laid Down Their Arms」(2024年8月16日付)と題する論考が参考になるかもしれません。
アフガンではリスクに応じ手を組む相手も変化する
リーブンの論考のポイントは「アフガン社会では、リスクに直面した際、それに応じた合理的な判断がなされ、手を組む相手も変化する」という指摘です。
ソ連の崩壊が近い1989年、ジャーナリストであったリーブンはアフガニスタンを取材し、ソ連が支援するアフガン共産政権と戦うムジャヒディン(イスラムの大義を掲げる戦士たち)のグループに同行しました。
その際、敵対するはずのアフガン共産政権の要塞に近づいても、ムジャヒディンたちは警戒する様子を見せませんでした。
「どうして警戒しないのか」と尋ねるリーブンに対し、通訳は「心配しなくても大丈夫だ。我々と彼らとの間に『取り決め(arrangement)』があるから」と言ったそうです。
その後、ソ連とアフガン共産政権は崩壊し、タリバンがアフガンを席巻しました。
同じことが今のアフガニスタンでも起こっているというのがリーブンの見立てです。
タリバンとアフガン政府軍兵士たちの取り決め
つまり、上記の「取り決め(arrangement)」の構図が、敵対しているかに見えタリバンとアフガン政府軍の兵士たちとの間で交わされているのだというのです。
リーブンによれば、タリバンとアフガン政府軍の兵士たちの仲介をしているのは各地方の有力な年配者たちで、そこではタリバンとアフガン政府軍兵士たち双方の安全や人質の交換、さらには収入源となるヘロインの取引に関わる事柄までが「取り決め(arrangement)」られているのだというのです。
とりわけ、バイデン政権が2021年4月に米軍の撤退を表明して以降、アメリカの後ろ盾を失うアフガン政府軍の兵士たちとタリバンの間でこうした「取り決め(arrangement)」が加速したといいます。
結果、ここ1週間余りの間に米国や世界が驚くほどあっという間に、アフガン政府軍は大抵が戦わずしてタリバンに屈したというのです。
私は、リーブンの上記の主張とも重なる別の論考を読んだことがあります。
米国留学中に「今日の安全保障と武装した非国家主体」の集中講義を受講した際、参考文献として読んだロバート・ジョンソンの『Afghan Way of War: How and Why They Fight』(Oxford University Press, 2011)という書籍には次のような指摘がありました。
The majority of Afghans, …, are ‘hedging’, waiting to see which side is the most likely to win. (p.304)
アフガン人の多くは、…、どちらの側が勝利しそうであるか様子を見ることで「リスクを回避する」のだ。(p. 304)
これは、20世紀初頭にイギリスの保護国となったアフガニスタンはその後もソ連による侵攻、タリバンによる支配、アメリカの侵攻・介入に翻弄され、また地方では軍閥や有力者同士の抗争などがあり、そうした争いの絶えないアフガンの歴史が「リスクの回避」という「生きる術」を生み出したという文脈の中で語られた指摘であったと理解しています。
米軍やインテリジェンスはアフガンのこうした実態を知らせてこなかった
それにしてもこうしたアフガンの歴史や実態を、現地に駐留していた米軍やインテリジェンスが気づいていなかったというのは到底信じることができません。
これについてリーブンは上記の論考で、この20年間、米軍やインテリジェンスはこうした構図を理解せず、または理解していたとしても、アフガン政府軍の設立・強化に向けた米軍の努力に対する肯定的な印象を保つために、そうした構図の現実をあえて無視し、米国の政権や議会、国民に対して報告してこなかったと指摘しています。
当ブログで紹介した7月8日のバイデン大統領によるアフガン政府軍を持ち上げ、米国の支援を擁護する演説も、こうした文脈の中で語られたものであったのかもしれません。