パンデミックと非国家主体
フォーリン・アフェアーズ・リポート2020年7月号に掲載されているレイチェル・ブラウン/ヘザー・ハールバート/アレクサンドラ・スタークの論考「コロナウイルスと社会暴力の増大―パンデミックで引き裂かれた社会」は非国家主体について次のように述べています。
・ パンデミックが社会の分断と国家の弱体化を促せば、武装した非国家主体が力を得るチャンスが作り出される(p. 34)
・ 非国家主体や紛争を起こしたい勢力は、政府に対する民衆の新たな不満につけ込み、国家の対応の不備につけ込むかたちで、民衆の物質的要求を満たし、あるいは満たすようにみせかけて、自らの正当性につなげようとする(p. 34)
ということで、同論考はコロナ禍における武装した非国家主体(armed nonstate actors)の活動に注目する視点を持つことの重要性を説いています。
コロナ禍での武装した非国家主体の活動例
メキシコのカルテル
たとえば、先述の論考ではメキシコの現状について「メキシコのカルテルは貧しいコミュニティに援助物資を提供していると報道されている。民衆への支援物資を入れた箱にカルテルのロゴスタンプが押されていることが少なくとも1度は確認されている」(p. 34)と述べられています。
メキシコの麻薬カルテルによるパンデミックに関連した活動については、BBC「パンデミックで得するメキシコの麻薬カルテル 困窮する市民に取り入り」(2020年7月14日)の動画(3:22)が参考になります(こちら)。
タリバン
さらに、同論考ではタリバンについて「COVID19の封じ込め措置を試み、支援物資を提供しているようだ」(p. 34)と述べられています。
なお、アフガニスタンのタリバンの日常的な様子については、英シンクタンク Overseas Development Institute (ODI)の2018年6月のレポート「Life under the Taliban shadow government」(こちら)が参考になります。160人以上のタリバン兵士や幹部たちへのインタビューをもとにまとめたもので、Executive Summaryも付いています。
また、タリバンのオフィシャルウェブサイト「VOICE OF JIHAD Islamic Emirate of Afghanistan」ではアフガニスタン情勢に関わるタリバンの声明やコメントが頻繁に更新されています(※ タリバンが2021年8月にアフガニスタンの政権を掌握後にウェブサイトが変更されたようです。2024年7月9日に追記)。
ヒズボラ
ヒズボラについて同論考では「感染の最前線に医療チームを送り込み、その積極的なCOVID19対策は、レバノン政府のそれを上回るとみなされている」(p. 34)と指摘されています。
ヒズボラはイランの支援を受けているとされます。日本の公安調査庁の国際テロリズム要覧(「レバノン」の項)が参考になります(こちら)。また、米フロントラインのドキュメンタリー「Bitter Rivals: Iran and Saudi Arabia」(Part 1:2018年2月20日、Part 2:2018年2月27日)はヒズボラとイランの関係を知るうえでも参考になる番組です(特にPart 2)(こちら)。(左記のサイトでは見られなくなっているようですので、こちらでご覧ください。従来のPart 2の部分は53:00頃からとなります。2024年7月9日に追記)
ISIS(イスラム国)
ISISについて同論考では「イスラム国勢力(ISIS)は、COVID19に乗じて人材リクルートを進め、世界中で活動を続けている。(中略)欧米への攻撃を継続的に呼びかけ、一方では難民キャンプに援助物資を持ち込んでいる」(p.34-35)と述べられています。
ISISが「COVID19に乗じて人材リクルートを進め」ていることに関しては、パンデミック以前の人材リクルートの報告ではありますが、ニューヨーク・タイムズのドキュメンタリー・オーディオ・シリーズ「Caliphate」(2018年9月20日)(こちら)が参考になります。私はワシントンD.C.に留学中、トランスクリプトとにらめっこしながらこのポッドキャストを何度も聞きました(余談ですが、同シリーズの音楽担当には東京出身のギター奏者が参加しています)。
ということで、国際政治や国際紛争について考える際に、国家間の関係や対立だけでなく、武装した非国家主体を重要なアクターとして視野に入れることは21世紀に入って以降その重要性がますます強調されているように思います。
非国家主体についてのメモ
補足として、非国家主体(nonstate actors)や武装した非国家主体(armed nonstate actors/armed groups)について、下記に若干のメモを記します。
ワシントンD.C.に留学した際、「National Security Policy Process」のクラスで使用したテキストの1冊には、非国家主体について次のように書かれています。
グローバリゼーションによって、米国の安全保障における非国家主体(nonstate actors)の重要性が増している。主要な非国家主体には、政府間組織(IGOs)、非政府組織(NGOs)、多国籍企業、メディア、宗教集団が含まれる。このカテゴリーにはまた、労働組合や政党など、かつては本来的に国に属するものとして考えられてきた集団が含まれる。労働組合や政党は今や、広範囲な国際的つながりを持っている。犯罪組織やテロ集団などの暴力的な実体もまた、非国家主体である(原文は英語)。
出典:Michael J. Meese, Suzanne C. Nielsen, and Rachel M. Sondheimer, American National Security Seventh Edition (Johns Hopkins University Press, 2018), p. 18.
また、「Violent Non-State Actors in Today’s Security Environment」のクラスを受講した際のテキストの1冊には、武装集団(armed groups/armed nonstate actors)について、次のように書かれています。
武装集団は、安全保障学や国際関係論における従来の境界を曖昧にする。こうした主体を理解することは、複雑な安全保障環境に取り組むうえでの鍵となる(原文は英語)。
出典:Peter G. Thompson, Armed Groups: The 21st Century Threat (Rowman & Littlefield Publishers, 2014), p. 11
簡潔にいえば、武装集団はその目的実現のために、脅しまたは武力の使用に頼る、まとまりをもった自治的な非国家主体である(原文は英語)。
出典:同上 p. 4
最後に、武装した非国家主体(武装集団)の動向に関心を持たれる方は、米国のNational War College: Center on Irregular Warfare & Armed Groupsが発行しているニュースレター「The Patrol」をチェックするとよいかもしれません(無料です!こちらから)。
そこに掲載されているニュース記事や論文の見出しを読むだけでも、武装した非国家主体(武装集団)の、世界における動向の一端がつかめると思います。
留学中にこのニュースレター の存在を教わり、以来毎週、見出しをチェックして関心のある記事に目を通すよう心がけていました。