脅威評価についての2021年報告書の公表
米国のインテリジェンス・コミュニティは毎年、米国に対する脅威について分析した報告書を米国民ならびに米国議会に向けて公表しています。
今年は2021年4月9日付の報告書が、同13日に公表されました。
報告書は以下からご覧ください。
Annual Threat Assessment of the US Intelligence Community Office of the Director of National Intelligence April 9, 2021 ※現在閲覧できなくなっているようです(2024年7月26日)
報告書の内容
脅威評価についての報告書の内容を目次から拾ってみると次のようになります。
●グローバル・パワーをめざす中国
●ロシアの挑発的行動
●イランの挑発的行動
●北朝鮮の挑発的行動
●国境を越える問題(コロナ感染症、気候変動と環境の悪化、新たな技術、サイバー、外国の違法薬物と組織犯罪、移民、世界のテロリズム)
●紛争と不安定(アフガニスタン、インド‐パキスタン、中東、アジア、ラテン・アメリカ、アフリカ)
報告書には、これらの内容に先立つ序文があり、それは報告書全体の簡潔な要約のかたちをとっています。
したがって、まずは序文を読んだうえで、関心のあるトピックの項に進むのがよいと思います(序文の拙訳を本記事の最後に付けています)。
インテリジェンス・コミュニティとは
ところで、CIA(Central Intelligence Agency:中央情報局)に代表されるインテリジェンス・コミュニティの各機関の活動は、機密情報や秘密工作を扱うことから、諸外国との軋轢を生むことがあります。
米国内においても、プライバシーの保護、国家予算の執行の妥当性、道徳的な観点などから、国民や議会、またホワイトハウスを含めた行政機関との間に常に緊張関係が存在します(たとえば、グアンタナモ米軍基地での収容者に対する CIA による「拷問」を用いた情報取集は米国内でも大きな問題となりました)。
上記の報告書の公表や連邦議会の上下院でのヒアリングは、米国民と国益に影響をもたらす可能性のある脅威についての情報を国民や議会と共有するという目的に加え、こうした緊張関係を踏まえたうえで、インテリジェンス・コミュニティの活動の重要性について国民や議会の理解を求めるという側面もあります。
説明が後先になってしまいましたが、インテリジェンス・コミュニティとは何か、という点については、これを統括しているODNI(Office of the Director of National Intelligence:国家情報長官室)のウェブサイトに掲載されている説明が分かりやすいと思います。
The U.S. Intelligence Community is a coalition of 18 agencies and organizations, including the ODNI. The IC agencies fall within the Executive Branch, and work both independently and collaboratively to gather and analyze the intelligence necessary to conduct foreign relations and national security activities.
米国インテリジェンス・コミュニティはODNI(国家情報長官室)を含む18の機関と組織の連合体である。インテリジェンス・コミュニティの各機関は行政部門に属し、外交と国家安全保障の活動を実行するために必要な情報を収集し分析するために、独立して、また協力し合って活動している。
The IC’s mission is to provide timely, insightful, objective, and relevant intelligence to inform decisions on national security issues and events.
インテリジェンス・コミュニティのミッションは、国家の安全保障問題・事象に関わる決定に影響を及ぼすために、時宜にかなった、洞察力のある、客観的で適切な情報を提供することである。
出典:Office of the Director of National Intelligence WHAT WE DO
intelligence(インテリジェンス)について
上記拙訳では「intelligence(インテリジェンス)」を「情報」と訳しています。この文脈では、「intelligence(インテリジェンス)」は狭義の意味での情報を指しています。
しかし、この用語は、狭義の意味での情報に加えて、情報の収集・分析・整理・提供といった情報機関による活動サイクルの全体を表すために使われることもあります。
また、テロ対策や秘密工作、プロパガンダ、破壊活動、クーデター、武装集団などの準軍事的作戦への支援といった多様な活動も含めて「intelligence」と総称する場合もあります。
これらの活動は、国家安全保障法(1947年)や大統領命令を根拠に合法化されます。たとえば、インテリジェンス・コミュニティの中核機関であるCIAは、9.11テロ事件後の米国によるアフガニスタンでの地上戦の開始や、同テロ事件の首謀者とされるアルカイダのリーダー、オサマ・ビン・ラディンの殺害作戦にも関与しています。
留学中の経験から
余談めいた話になりますが、私はワシントン D.C.に留学中、「National Security Policy Process」の講座を受講しました。ちょうど脅威評価についての2019年の年次報告書が出された頃で、授業の中でその報告書を議論することになり、前日の夜に2018年版の報告書と比較しながら必死で読み込んだことを思い出します。
また、同じく留学中に「Intelligence and Policy」の講義を受講した際には、担当教官であったデイヴィッド・トーマス氏(彼はインテリジェンス・コミュニティの一角をなすDIA(Defense Intelligence Agency、国防情報局)で仕事をした経験を持たれていました)から、「アメリカの理想主義は時に外国の伝統や文化を軽視し、米国こそが他国を良い方向に導くと信じ込む傾向にある」との話を聞いたことがあります。
これは「調査や分析にもとづくインテリジェンス(情報)が政策の立案・実行に十分に生かされず、米外交の失策につながる一因になることもある」という文脈の中で指摘されたものであったと記憶しています。
いずれにしても、米国の外交政策を見る際に、インテリジェンス・コミュニティが果たしている役割を見過ごすことはできません。
脅威評価についての2021年報告書
以下は冒頭で紹介した脅威評価についての2021年報告書のうち、序文に日本語訳を付けたものです。
この序文で示されている各トピックの記述は簡潔なものですが、報告書の全体像をつかむのに役立てていただければと思います。
原文は各段落が長いため、読みやすさを考慮して適宜段落を分割したうえで訳を付けています。
Annual Threat Assessment of the US Intelligence Community
Office of the Director of National Intelligence
April 9, 2021
米国インテリジェンス・コミュニティによる脅威評価についての年次報告書
国家情報長官室
2021年4月9日
Foreword
序文
In the coming year, the United States and its allies will face a diverse array of threats that are playing out amidst the global disruption resulting from the COVID-19 pandemic and against the backdrop of great power competition, the disruptive effects of ecological degradation and a changing climate, an increasing number of empowered non-state actors, and rapidly evolving technology.
これからの1年間、米国と同盟国はさまざまな脅威に直面する。それは、コロナ感染症によるパンデミックの世界的な混乱の中で、また、大国間競争、環境の悪化や気候変動による破壊的な影響、力を増す非国家主体の増加、急速に進化する技術を背景として繰り広げられる脅威である。
The complexity of the threats, their intersections, and the potential for cascading events in an increasingly interconnected and mobile world create new challenges for the IC. Ecological and climate changes, for example, are connected to public health risks, humanitarian concerns, social and political instability, and geopolitical rivalry.
脅威の複雑さ、多様な領域にまたがる横断性、つながりと流動性を増す世界の中で連鎖的に起こる出来事の可能性によって、インテリジェンス・コミュニティは新たな課題と向き合っている。たとえば、環境や気候変動は、公衆衛生のリスク、人道的な懸念、社会的・政治的変動、地政学的対立に連動している。
The 2021 Annual Threat Assessment highlights some of those connections as it provides the IC’s baseline assessments of the most pressing threats to US national interests, while emphasizing the United States’ key adversaries and competitors.
脅威評価についての2021年の年次報告書は、米国の国益に対する最も差し迫った脅威についてのインテリジェンス・コミュニティの基本的な評価を提供することにより脅威の連関性を強調する一方、米国にとっての主要な敵対国や主体、競争相手を取り上げている。
It is not an exhaustive assessment of all global challenges and notably excludes assessments of US adversaries’ vulnerabilities. It accounts for functional concerns, such as weapons of mass destruction and technology, primarily in the sections on threat actors, such as China and Russia.
この報告書は世界のすべての課題についての網羅的な評価ではなく、また、米国の敵対国や主体の脆弱性についての評価も含んでいない。報告書では、大量破壊兵器や技術の領域における懸念については、主に、中国やロシアなどの脅威をもたらす国家や主体の項で取り上げている。
Beijing, Moscow, Tehran, and Pyongyang have demonstrated the capability and intent to advance their interests at the expense of the United States and its allies, despite the pandemic.
北京やモスクワ、テヘラン、ピョンヤンは、パンデミックの最中にもかかわらず、米国や米国の同盟国を犠牲にして自らの利益を得る能力と意図を示した。
China increasingly is a near-peer competitor, challenging the United States in multiple arenas—especially economically, militarily, and technologically—and is pushing to change global norms. Russia is pushing back against Washington where it can globally, employing techniques up to and including the use of force.
中国は米国と肩を並べる競争相手になりつつあり、特に経済、軍事、技術といった複数の分野で米国に挑戦し、世界的な慣習を変えようとしている。ロシアは、軍事力の使用を含め、技術を用いて、世界的にワシントンに抗っている。
Iran will remain a regional menace with broader malign influence activities, and North Korea will be a disruptive player on the regional and world stages. Major adversaries and competitors are enhancing and exercising their military, cyber, and other capabilities, raising the risks to US and allied forces, weakening our conventional deterrence, and worsening the longstanding threat from weapons of mass destruction.
イランは国境での悪意ある影響活動を行い、中東地域の危険な存在であり続けるだろう。北朝鮮は東アジア地域と世界に混乱をもたらす存在であるだろう。米国の主要な敵対国と競争相手は、軍事、サイバー、その他の能力を増強・行使し、米国および同盟国の軍隊にとってのリスクを高め、われわれが持つ従来の抑止力を弱め、大量破壊兵器がもたらす長期的な脅威を悪化させている。
The effects of the COVID-19 pandemic will continue to strain governments and societies, fueling humanitarian and economic crises, political unrest, and geopolitical competition as countries, such as China and Russia, seek advantage through such avenues as “vaccine diplomacy.”
コロナウイルス感染症のパンデミックの影響は、政府と社会を苦しめ続け、人道的・経済的危機、政治的騒乱、「ワクチン外交」のような手段を通じて優位性を得ようとする中国やロシアのような国との地政学的競争を高めている。
No country has been completely spared, and even when a vaccine is widely distributed globally, the economic and political aftershocks will be felt for years. Countries with high debts or that depend on oil exports, tourism, or remittances face particularly challenging recoveries, while others will turn inward or be distracted by other challenges.
この困難から完全に逃れることのできる国はなく、ワクチンが世界的に広く行き渡ったとしても、経済的・政治的な余波が数年間残るだろう。多くの負債を抱え、あるいは原油輸出、観光、海外からの送金に頼っている国は特に回復が困難だ。一方、それ以外の国は内向きになるか、他の困難によって混乱するだろう。
Ecological degradation and a changing climate will continue to fuel disease outbreaks, threaten food and water security, and exacerbate political instability and humanitarian crises. Although much of the effect of a changing climate on US security will play out indirectly in a broader political and economic context, warmer weather can generate direct, immediate impacts—for example, through more intense storms, flooding, and permafrost melting.
環境の悪化や気候変動により、病気の発生が高まり、食糧と水の安全が脅かされ、政治的不安定と人道的危機が高まり続けるだろう。気候変動による米国の安全保障への影響の大半は、政治と経済の広範な領域に間接的な影響をもたらすだろうが、温暖化については、たとえば、より強力な暴風雨、洪水、永久凍土がとけるなど直接的で差し迫った影響を引き起こすだろう。
This year we will see increasing potential for surges in migration by Central American populations, which are reeling from the economic fallout of the COVID-19 pandemic and extreme weather, including multiple hurricanes in 2020 and several years of recurring droughts and storms.
今年は、中央アメリカからの移民増大の可能性が高まるだろう。これは、コロナウイルス感染症のパンデミックによる経済の悪化と、2020年の複数回にわたるハリケーンの襲来や、数年間にわたって繰り返し起こった干ばつと暴風雨のような極端な天候による混乱の影響である。
The scourge of illicit drugs and transnational organized crime will continue to take its toll on American lives, prosperity, and safety. Major narcotics trafficking groups have adapted to the pandemic’s challenges to maintain their deadly trade, as have other transnational criminal organizations.
違法薬物と国境をまたぐ組織犯罪の問題は引き続き米国民の命や繁栄、安全に犠牲をもたらし続けるだろう。主要な麻薬売買グループは、死をもたらす取引を維持するためにパンデミックの困難に順応してきた。他の国境をまたぐ犯罪組織も同様である。
Emerging and disruptive technologies, as well as the proliferation and permeation of technology in all aspects of our lives, pose unique challenges. Cyber capabilities, to illustrate, are demonstrably intertwined with threats to our infrastructure and to the foreign malign influence threats against our democracy.
新たに出現した破壊的な技術や、生活のあらゆる領域への技術の拡散と浸透は、特有の困難をもたらしている。たとえば、サイバー能力は、インフラへの脅威や民主主義に対する悪影響を及ぼす外国からの脅威と明らかにからみ合っている。
ISIS, al-Qa‘ida, and Iran and its militant allies continue to plot terrorist attacks against US persons and interests, including to varying degrees in the United States. Despite leadership losses, terrorist groups have shown great resiliency and are taking advantage of ungoverned areas to rebuild.
ISISやアルカイダ、イランやイランの好戦的な同盟主体は、米国内でのさまざまな度合いのものを含め、米国人や米国の国益に対するテロ攻撃を企て続ける。指導層の喪失にもかかわらず、テロリストのグループは強力な復元力を見せ、再建のために、統治されていない地域を利用している。
Regional conflicts continue to fuel humanitarian crises, undermine stability, and threaten US persons and interests. Some have direct implications for US security.
地域紛争は、人道的危機をもたらし、安定を損ない、米国の国民と利益に脅威を与える。そうした紛争の中には、米国の安全保障に直接関わるものがある。
For example, the fighting in Afghanistan, Iraq, and Syria has direct bearing on US forces, while tensions between nuclear-armed India and Pakistan remain a concern for the world. The iterative violence between Israel and Iran, the activity of foreign powers in Libya, and conflicts in other areas—including Africa, Asia, and the Middle East—have the potential to escalate or spread.
たとえば、アフガニスタン、イラク、シリアでの戦闘は米軍への直接的な影響をもたらしており、核保有国であるインドとパキスタンの緊張は世界にとっての懸念事項であり続けている。イスラエルとイランの間で繰り返される暴力、リビアでの外国勢力の活動、アフリカ、アジア、中東などでの紛争は、その悪化と拡散の可能性がある。
The 2021 Annual Threat Assessment Report supports the Office of the Director of National Intelligence’s transparency commitments and the tradition of providing regular threat updates to the American public and the United States Congress.
脅威評価の2021年の年次報告書は、国家情報長官室の透明性あるコミットメントおよび脅威に関わる最新の情報を米国民と米国議会に定期的に提供するという習慣に寄与するものである。
The IC is vigilant in monitoring and assessing direct and indirect threats to US and allied interests. As part of this ongoing effort, the IC’s National Intelligence Officers work closely with analysts from across the IC to examine the spectrum of threats and highlight the most likely and/or impactful near-term risks in the context of the longer-term, overarching threat environment.
インテリジェンス・コミュニティは、米国と同盟国の利益に対する直接的・間接的な脅威を監視し分析することに警戒を怠らない。こうした努力の一環として、インテリジェンス・コミュニティの国家情報官たちは、脅威をめぐる長期的・包括的な状況を前提に、それをあらゆる角度から検討し、最も起こる可能性があり、および/または、短期間のうちに影響をもたらすであろうリスクを明らかにするために、インテリジェンス・コミュニティに関わる多くの分析官たちと密接に連携し活動している。
出典:Annual Threat Assessment of the US Intelligence Community Office of the Director of National Intelligence April 9, 2021 ※現在閲覧できなくなっているようです(2024年7月26日)