ワシントン米初代大統領の辞任挨拶
今日9月19日は米国初代大統領ジョージ・ワシントンの「辞任挨拶(Farewell Address)」が公表された日だそうです。
毎日配信されてくるブリタニカ(英語版)の無料サービス「Encyclopædia Britannica On This Day」が下記のとおり知らせてくれました。
This Day in History: September 19
Featured Event George Washington’s Farewell Address published
今日は何の日:9月19日
主な出来事 ジョージ・ワシントンの辞任挨拶公表In his Farewell Address, printed in a Philadelphia newspaper on this day in 1796, George Washington, the first U.S. president, implored his country to maintain neutrality and avoid entangling alliances with Europe.
1796年のこの日、初代米国大統領のジョージ・ワシントンは、フィラデルフィアの新聞に掲載された彼の辞任挨拶の中で、中立を維持し、ヨーロッパとの同盟関係に関わることを避けるよう、自国に要請しました。
特異ではないトランプの単独主義
米国留学中の4年間、アメリカの外交政策や歴史に関わるさまざまな資料や書籍などを課題として読みましたが、その中で、ジョージ・ワシントンの辞任挨拶を参照する記述を何度も目にしました。
とりわけ、上記で紹介されている「米国は外国との政治的な関係において距離をおくべき」と戒めるワシントンの言葉は、米国の歴史において外交政策を論じる際に常に参照されてきたようです。
例えば、国際政治学者のチャールズ・カプチャン(ジョージタウン大学教授、オバマ政権で大統領補佐官および国家安全保障会議の欧州問題上級部長)は、トランプの単独主義についてワシントンの辞任挨拶を引き合いに出しながら次のように論じています。
Trump’s unilateralism is a sharp break with most of the recent past, but that doesn’t make it new. Until World War II, the United States preferred to go it alone, shunning one international pact after another—including the League of Nations, a brainchild of U.S. President Woodrow Wilson. As George Washington put it in his Farewell Address, “The great rule of conduct for us in regard to foreign nations is in extending our commercial relations, to have with them as little political connection as possible.”
出典元:Foreign Affairs, Trump’s Nineteenth-Century Grand Strategy: The Themes of His UN General Assembly Speech Have Deep Roots in U.S. History
トランプの単独主義は近年の歴史の大半とは鋭く分離するものだが、それは新しいものではない。第2次世界大戦まで、アメリカは国際条約・協定への関わりを次々に避け、単独主義を好んだ。たとえば、米国のウッドロウ・ウィルソン大統領の発案である国際連盟への不参加がそれだ。ジョージ・ワシントンが辞任挨拶で述べたように、「外国との関りにおいての我々の大原則は商業関係を拡大することであって、政治的関係はできうる限り最小限にとどめることだ」。
By Charles A. Kupchan September 26, 2018

トランプの国連演説
2018年のトランプの国連演説について
さて、上記で紹介したカプチャンの論考は、2018年9月のトランプによる国連演説を考察して、米外交専門誌Foreign Affairsのウェブサイトに寄稿したものです。
論考のタイトルは上記にも示しましたが、次のとおりです。
Trump’s Nineteenth-Century Grand Strategy: The Themes of His UN General Assembly Speech Have Deep Roots in U.S. History(トランプの19世紀的グランドストラテジー:米国の歴史に深く根ざす国連総会演説の主題)
タイトルで察せられるように、トランプ大統領の演説で語られるグランドストラテジー(大戦略)は新しいものではなく、米国の歴史に根ざしているというのがカプチャンの考察です(トランプの2018年国連演説はこちらから)。
彼の考察のポイントをいくつか引用してみましょう(出典は英文ですが、拙訳にて紹介します)。
トランプの外交は米国の歴史からはみ出していない
しかし、トランプの政治・外交ブランド(brand of statecraft)は実際のところ米国の歴史の歩みの大半からはみ出してはいない。むしろ、世界における米国の役割についての古い抑制的な考え方を好み、第2次世界大戦以降の米国の外交政策の基本理念を捨てている。
国際的な協定・条約に米国が参加することへの強い反対、経済的な保護主義、民主主義の進展への嫌悪、人種的偏見を帯びたナショナリズム、孤立主義への誘惑といったトランプの「アメリカ ファースト」の手法におけるこれらの観点は、まさしく、日本の真珠湾攻撃に先立つ米国の大半の歴史における外交政策を支えた戦略から出てきたものだ。
多国間協調主義への批判
国連総会での演説で、トランプは第2次世界大戦後の多国間協調主義を攻撃し、最優先事項は国家主権を取り戻すことであると強調した。
彼は、国際刑事裁判所、移住グローバル・コンパクト、国連人権理事会といった国際機構に次々と集中砲火を浴びせ続けた。昨年(2017年)の国連総会の演説でも彼のテーマは同様であった。彼は、各々が自国第一のために努力する「強い主権国家」からなる世界を求めた。
19世紀のグランドストラテジーは21世紀にそぐわない
トランプが政治的に昇りつめたのは明らかに、不満を抱く有権者にアピールする彼の巧みな能力によるものだ。それは、国の主権を尊重し、白人を重視し、工業化を図り、地政学的に切り離された米国の方向に時計の針を戻すことを約束することだ。
それにもかかわらず、例外主義の初期バーションを持ち出し、米国の戦略を方向づけなおそうとする彼の努力は失敗することが確実だ。彼の孤立主義的性向や、多国間主義・グローバリゼーション・民主主義の促進・移民に対する攻撃は、国内外で激しい反対を引き起こしてきた。それには十分な理由がある。19世紀につくられたグランドストラテジーは21世紀にはそぐわないのだ。

2019年のトランプの国連演説について
同じくForeign Affairsのウェブサイトには、カプチャンによる、2019年のトランプの国連演説についての考察もあります。こちらの論考のタイトルは次のとおりです。
“America First” Means a Retreat From Foreign Conflicts: In a Muted UN Speech, Trump Commits to Pulling Back(「アメリカ・ファースト」は国際紛争からの撤退を意味する、おとなしい国連演説でトランプは撤退を誓った)
実際、この年のトランプの演説のトーンは本当に沈んだものでした(映像はこちら)。
では、考察のポイントのいくつかを引用してみます(出典は英文ですが、拙訳にて紹介します)。
アメリカ・ファースト:グローバリズムからナショナリズムへ
トランプの沈んだ口調とイランについての慎重なスタンスにもかかわらず、彼はいつもの「アメリカ・ファースト」のレトリックを国連演説の中心で保持し続けた。
グローバリズムはナショナリズムにとって代わられるべきであるというのが国連総会への彼の主要なメッセージの1つであったが、それはこれまでの2つの国連演説のメインテーマを繰り返したものだった。
未来はグローバリストのものでなく、愛国者の築く主権国家のもとにある
トランプはこう述べている。「自由を欲するのであれば、国ヘのプライドを持つことだ。民主主義を欲するならば、主権を保持することだ。平和を欲するならば、国家を愛することだ。… 未来はグローバリストのものではない。未来は愛国者のもとにある。未来は主権を持つ独立国家のもとにあるのだ」。
国際主義を好まないトランプが戦争を減らすかもしれない
トランプは再選を目指し、忠誠心ある部下から成る外交政策チームに取り囲まれているのだから、彼の姿勢が変わることはないだろう。それは、軍事紛争を避け、過剰な外交義務と見なすものから米国を引き離すことを意味する。
トランプは、国連や、それが拠って立つ国際主義を好まないかもしれない。しかし、皮肉なことだが、彼はつまるところ、戦争を減らすという国連の最大の目的の1つを前進させるのかもしれない。
まとめ
ということで、初代大統領のワシントンの考えとトランプ外交の間には共通の歴史的な土台があるようです。
カプチャンは2つの論考を通じ、トランプの19世紀的なグランドストラテジーの転換の必要性を指摘する一方で、米国と世界の間に距離をおこうとするトランプの戦略が、世界の戦争防止につながる可能性もあることを示唆しました。
今年(2020年)2月末のアフガン和平合意と駐留米軍の撤退表明、ごく最近発表された、米国の仲介によるイスラエルとアラブ首長国連邦・バーレーンの国交正常化もそうした文脈において理解できるのかもしれません。
さて、11月に控える米大統領選挙。そうした情勢の下で今月(9月22日、米国東部時間)予定されている国連総会のビデオ演説。トランプ大統領は何を語るでしょうか。