米国のシンクタンク The Quincy Institute for Responsible Statecraftの東アジアプログラム・ディレクターであるマイケル・D.スゥェインが2020年11月9日付で、
How Joe Biden can recalibrate US China policy
ジョー・バイデンは米国の中国政策をいかに修正しうるか
というタイトルの論考を発表しています。
3つの問い
スゥェインは米国の対中国政策に関し、バイデン政権が米中対立の構図を引き継ぎつつも、トランプ政権の誤りを修正し、よりバランスの取れた専門的な知見に基づく政策を実行していくであろうと予測したうえで、次の3つの問いを立てています。
First, will a Biden administration echo Trump in referring to China as an existential threat to the United States and the global order, thus continuing to justify worst case assumptions on virtually every policy issue?
第1に、バイデン政権は、中国を米国と国際秩序への現存する脅威として捉えたトランプ政権の姿勢を継承し、事実上あらゆる政策課題において最悪のケース想定を正当化し続けることになるのか。
A second critical question is: will the Biden administration recognize that the era of clear American military dominance across maritime Asia has ended and will not return in any foreseeable time frame?
第2の重要な問いは、バイデン政権は、アジア海域におけるアメリカの明白な軍事的支配の時代が終わったこと、そして予見しうる期間においてその回復がなされないことを受け入れられるか、ということである。
A final question, derived in part from the previous one, is: will the Biden administration take a closer look at the U.S.-led “hub-and-spokes” alliance structure in Asia and relations with Asian democracies?
第3の問いは前の問いに関連するが、バイデン政権は、アジアおよびアジアの民主主義国との関係において、米国主導の「ハブ・アンド・スポーク(hub-and-spokes)」の同盟システムを詳細に検討しうるか、というものである。
これらの問いは、トランプ政権のこれまでの対中国政策の評価やバイデン次期政権の外交政策を考えるうえで、我々日本人にも視座を与えてくれるものだと思います。
また、「日米同盟」を基軸にしつつ、中国との良好な政治的、社会的、そして経済的関係も維持したい日本外交の「基本的な在り方」と共鳴し合う部分もあるように思います。
スゥェインはこれら3つの問いについて簡潔な考察を加えていますので、以下に紹介してみたいと思います。
ジョー・バイデンは米国の中国政策をいかに修正しうるか
第1の問い:中国の「脅威」を正確に捉え、現実的な対応がとれるか
スゥェインは、中国を米国に対する脅威と見立てるやり方は、民主・共和の両党によって用いられ、アメリカ国民を脅かして防衛予算を増大させ、北京に対するより厳しい政策への支持を調達しようとするものだと指摘しています。
そのうえで、彼は中国の「脅威」について、次のように考察します。
・しかし、中国を脅威とするこうした考えは、まったくもって正当化されるものではない。
・というのは、中国が戦争において米国の軍隊を打ち負かす能力を持たず、したがって米国の政治システムを消滅させる能力を持っていない。
・また、国際的な経済システムにおいて実行すると想定される支配、もしくは他の国々のモデルとして想定される中国式システムの抗いがたい魅力の結果として中国が民主的な世界を骨抜きにし衰弱させる力を持つことはないと考えるからだ。
さらに、スゥェインは「中国はいくつかの国際的な体制においてリベラルな民主的価値観の重要性を衰弱させようとする一方で、多くの点で国際秩序を支持してもいる」と指摘します。
そのうえで、スウェインは、以下のように問いかけます。
・バイデン政権は中国の脅威が誇張され、不正確で、ゆがめられていることを認識し、中国がどこでいかに米国にとって脅威であり、また、そうでないかをより正確に捉え、北京への対応において強い自制と現実主義の必要性をより明確かつ説得力をもって正当化しうるか。
・もしくは、バイデン政権は、(中国との)より建設的な関与を覆う、あらゆる領域においていまだゼロ・サム的な封じ込めの手法を優先し、(中国への)対抗的な政策を唱える米国連邦議会の多数と組みする性質を持ち続けるのか。
ということで、スゥェインのこうした問いかけは、米国の専門家や政策決定者、国会議員たちの間で議論を呼びそうです。
第2の問い:アジア・太平洋において米国は絶対的な軍事的優位性に代わる戦略を持てるか
スゥェインは、「共和・民主両党はいまだ、中国との国境に至るアジア・太平洋地域でのアメリカの軍事的支配と『行動の自由』を保持する比類なき軍事力の必要性を支持しようとする」と述べたうえで、そのような思考を次のとおり厳しく批判しています。
・こうした考えは、単純で愚かであり、傲慢さや、アメリカの軍事的優位性だけが秩序と繁栄を維持しうるという貧弱な発想、そして米国は中国と対等な軍事的能力を保持する財政力があるという思い違いを反映したものにすぎない。
また、スゥェインは、米国・同盟国と中国の間の西太平洋地域の現状を、「事実上の不安定なバランス・オブ・パワー状態」であると捉えたうえで次のように警告します。
・かようなバランスは元来不安定なもので、台湾問題や、中国と米国の同盟国による海域をめぐる争いのような議論のある問題において、双方が相手側の影響力や決意を試す誘惑にかられることになる。
・とりわけ、中国・米国関係が多くの点で悪化し続ける状況ならば、こうした不安定さが、将来の危機や軍事衝突の可能性をも大きく増大させる。
では、そのようなアジア・太平洋地域の危険な状況の中で、安定した秩序を維持するには何をすべきなのでしょうか。
スゥェインは次のように提起します。
・バイデン政権とアジアの同盟国は、この根本的な戦略の転換とそれがもたらす危険性を認識し、アメリカの優位性を保持しようとする実りのない努力の中でそれに応えてリスクをとろうとする試みに抵抗する必要がある。
・それにかえて、バイデン新政権は、より防衛的で拒絶的(支配的ではなく)な軍事システムへの転換に向けて同盟国と密接に連携すべきである。
・この転換の一環として、バイデン新政権はまた、日本や他のアジアの同盟国や友好国に対し、自らの防衛責任をもっと果たすよう説得すべきである。
スゥェインはさらに、バイデン政権の取り組みについて次のように提起します。
・バイデンは、米国の同盟国と相談しながら、北京との戦略的な政治的・軍事的対話に真剣に取り組むべきである。
・それは、より広範で効果的な危機管理の枠組みの形成と、さらに重要な取り組みとして台湾や東シナ海・南シナ海での争いに関して軍事的な自制を共有する段階に向かうものである。
第3の問い:同盟国・友好国と共に、中国を含めた地域の安定と繁栄のシステムを築けるか
スゥェインは、米国主導による現行の「自由で開かれたインド・太平洋」の戦略を含めたアジアの同盟国や民主陣営との関係強化の取り組みが、中国への対抗という文脈において実行され、同盟国や友好国が持つ中国との関係やその関係のもとでの利益や関心が必ずしも考慮されていないと指摘します。
つまり、米国によるゼロ・サム的な対中国戦略は、中国との経済的・歴史的関係を無視できないアジア・太平洋地域の同盟国や友好国の事情を考慮せず、米国の側に与せよとせまるものであって、それは結局のところ地域の安定と繁栄、そして米国の利益にもつながらない、とスゥェインは言うのです。
このことを踏まえたうえで、スゥェインは次のように提起しています。
・バイデン政権は、全般的な経済成長と安定を支持する立場から、北京を含めた地域をまたぐ建設的な関係を促進するために、同盟や政治的関係をいかに適合させるかということについて検討を始めるべきである。
・上記の安定したバランスの構想を支持する立場のなかで、米国による軍事力を抑制したより協調的な姿勢が、アジアにおいて、また現状の関係性以上に、平和と安定を確かなものにするより良い機会をもたらすことになるだろう。
その一方で、スゥェインは、中国当局による人権侵害に対する批判や関心が薄められることがあってはならないとも述べています。
スゥェインは、「香港や新疆に対する中国の抑圧的な政策は、強い公の批判にさらされる」と述べ、「米国はウイグルの文化を守り、香港での政治的迫害から逃れる人々のための避難場所を提供するために仕事をすべきである」と主張しています。
ただし、スゥェインはそう述べた後で、以下の点を付け加えています。
・しかし、バイデン政権は、北京の人権侵害に対する正当な憤りが、自らの政権の全体的なスタンスを支配することのないようにすべきだ。ある体制と建設的に関わるために、その体制を好きになる必要はないとしても。
以上、スゥェインの3つの問いとその考察を紹介してきましたが、そこで提起されている方策は、日本を含めたアジアの国々が持つ「米国とも中国ともより良い関係を持ちたい」という願いとも共鳴しあうように思います。
また、このことは、スゥェインも言うように、米国にとって必ずしも不利に働くことではないように思えます。
スゥェインは論考を次のように締めくくっています。
・バイデン政権がこれら3つの問いに建設的に取り組むならば、トランプ政権の明らかな行き過ぎや機能不全に対する単なる修正以上に中国に関するアメリカの国益を得ることに成功するだろう。
出典:How Joe Biden can recalibrate US China policy NOVEMBER 9, 2020 Written by Michael D. Swaine
追記(2024年7月14日)
●スウェインの上記の論考がウェブサイトに掲載されたのは2020年11月9日ですが、その10日余り後の11月20日にトランプ政権下の国務省政策策定スタッフによって発表されたのがThe Elements of the China Challenge(中国問題の要点)と題するレポート。これはスウェインの主張とは大きく異なる対中政策を提起したものでした(こちらから)。
●トランプ政権下での米中対立の構図の一端を理解するうえでフロントラインのドキュメンタリー「Trump’s Trade War」が参考になると思います(こちらから)。
●関連して、当ブログの「大国間競争 Great-Power Competition」の記事は、スゥェインの問題意識を考察するうえで参考になる点があるかもしれません(同記事は2024年7月14日現在修正中で、非公開としています)。